《ものがたりの背景》
山椒大夫(さんしょうだゆう)は丹後の由良の港(京都府宮津市)の近くの石浦というところで大きな屋敷に住み、商いを幅広く手掛けている分限者(大金持ち)です。彼は誰かれ構わず人をお金で買い取り、自分の経営する仕事場で奴隷として働かせます。
時は平安時代の後期。陸奥掾平正氏(むつのじょうたいらのまさうじ)は国守の違格に連座して(国守が犯した罪に連帯責任を負わされて)、東北の岩代から筑紫(現在の福岡県筑紫群)の安楽寺に流されます。
《ものがたりはここから始まります。》
正氏が九州に流されて12年後、30歳を過ぎたばかりの正氏の妻は、14歳の娘(安寿)と12歳の息子(厨子王)、そして40歳前後の女中一人を連れて、住んでいた岩代(福島県)の信夫郡(しのぶごおり)を出発して、筑紫に居る正氏を尋ねる旅に出ます。
越後の春日(新潟県上越市)を経て今津(直江津)へ向かう途中、日も暮れかかって通りすがりの潮くみ女に近くの宿を尋ねると、このあたりで旅の人を泊める宿は無いと言われます。近ごろ悪い人買いが多く出回って、国守の掟(おきて)で、旅人に宿を貸して足を留めた者にはおとがめがあるというのです。潮くみ女は橋の下で野宿することを薦めます。橋の下には材木がたくさんあって、奥の方なら風も通さないと女は教えてくれます。
橋の下で休んでいるところへ山岡大夫と名乗る人買いが現れます。彼は自分は船乗りで、子供たちに芋粥を食べさせると言って、自分の家に一行を泊まらせます。山岡大夫は、西国へ行くには陸路より船が安全だと船旅を薦め、途中で西国行きの船に乗り換えるようにと話します。そして翌朝、まだ暗いうちに山岡大夫と四人を乗せた船は直江津の岸を離れていきます。
しばらく岸に沿って進むと、人気の無い岩陰に二艘の船が止まっています。
船は荷物が軽い方が船足が速く、どちらの船も西国に向かうので、二人ずつ分かれて乗るようにと言われ、その通りにしますが、安寿と厨子王が乗った船と、母親と女中が乗った船は、別々の方向へと進んで行きます。
泣き叫ぶ子供たちに向かって母親は、安寿には守り本尊の地蔵様を、厨子王にはお父様のくださった守り刀を大切にするようにと叫びます。子供たちの声が遠ざかる中、女中が海に飛び込みます。母親も続けて飛び込もうとしますが、引き戻されて縛られてしまいます。
母親の乗った船は北へ向かい、母親は佐渡の農家に売られます。安寿と厨子王を乗せた船は西へ向かいますが、二人ともまだ幼く体も弱そうに見えて中々買い手が付かず、結局、京都まで行って山椒大夫に売られることになります。
安寿は浜へ行って潮くみの仕事、厨子王は山へ行って柴を刈る仕事を与えられます。二人は運命に従うしかないと少しずつ仕事を覚えながら、父や母に会いたい気持ちを募らせていきます。
年が暮れかかって雪が降ったりやんだりするようになると、しばらくは屋内での仕事が続くようになります。正月が明けて明日から外の仕事が始まるという日に、山椒大夫の息子が屋敷内を見回りに来ます。中には病気の者もいるので、仕事に出られるか皆の様子を見に来たという息子に、安寿は弟と同じところで仕事がしたいと訴えます。安寿の願いは叶えられ、ふたりは揃って柴刈りに出掛けます。
厨子王が、去年柴を刈ったあたりで足を止めると、安寿は「もっと高い所へ登ってみよう!」と先に進んで行きます。山の頂上に立って安寿は南の方角に見える塔の先を見ながら厨子王に、ここから逃げて都に登るように言います。安寿は厨子王に守り本尊を渡し、あの塔のあるお寺に隠れて、討手がいなくなったら寺から出ていくようにと話します。
厨子王がお寺までたどり着くと、山椒大夫一家の討手からは僧侶たちが守ってくれます。しかし安寿は厨子王と別れた後すぐに、沼に入水してしまいます。
お寺を出て都についた僧形(髪を剃り袈裟を着た姿)の厨子王は、東山の清水寺に泊まりますが、ここで関白藤原師実(ふじわらのもろざね)と出会います。師実は娘の病気の平癒を祈りに来たのですが、夢の中で厨子王の持っている守り本尊を借りて拝むようにとのお告げを聞きます。師実は厨子王の素性とこれまでの経緯を知り、差し出された地蔵菩薩の金像を見て、客として自分の館にしばらく滞在するようにと厨子王に言います。
長い間病気だった娘は、厨子王の守り本尊を借りて拝むと、すぐに全快します。師実は厨子王に僧侶を辞めさせ、高い位を与えます。同時に赦免状を持たせた使いを正氏のいる安楽寺に送りますが、正氏は既に亡くなっていて、元服して正道と名前を変えていた厨子王は、身のやつれるほど嘆き悲しみます。
その年の秋、正道は丹後の国守に任ぜられます。正道は国守の最初の仕事として丹後での人の売り買いを禁止します。その後すぐ、休暇を取りひっそりと佐渡へ渡ります。正道は佐渡の役人に頼んで、母親の行方を探してもらいますが見つからず、思案に暮れてひとり市中を歩き、家が立ち並ぶ道から離れて畑の中に大きな百姓家を見つけます。
一面に敷いたむしろの真ん中に、ぼろを着た女が座っていて、何やら歌のようにつぶやきながら、寄ってくる鳥を追い払っています。
正道はなぜか心引かれて近付きます。女は目が見えない様子で、正道はひどく哀れに思います。次第に耳が慣れて来て、女の言葉が聞き取れるようになると・・・正道は身体が震え、涙があふれてきます。
「安寿恋しや、ほうやれほ。厨子王恋しや、ほうやれほ・・・」
親子が抱き合ったところでものがたりは終ります。