「三年坂」とともに無事帰宅した自分は先ずは石鹸で手をよーく洗い、タオルで水分を完全に拭き取った後、いよいよ店の袋からレコードのジャケットを取りだします。両手でジャケットをしっかりと握りしめ、隅から隅まで思う存分眺めまわしたあと、ジャケットを包んでいる薄っぺらい透明のビニールをひっちゃぶきます。ジャケットの中を覗くと半透明の袋に入ったレコードが見えます。ジャケットから袋ごと取りだし、その袋からレコードを取り出す時は、レコードの面を指で触らないようにするのが、ちょっとした緊張感です。取り出したレコードをプレーヤーの上に静かに載せ、33回転を選択してスタート。回り始めたレコードの上に針をそっと載せると 「ジャーン、ジャーン、ジャーーン・・・・・」 とオープニングの「精霊流し」が始まりました。レコードに耳を傾けながら、深く目を閉じると、「三年坂」が自分のものになったという満足感がひしひしと身体全身に沸いて来ました。しかし、しばらく聴いているうちに何か物足りなさを感じ始めます。・・・もう少しボリュームを上げてみようかな?・・・もうちょっとだったら上げても大丈夫かな?・・・ボリュームは大きければ大きい方が、より強く耳に伝わり、より深く腹に響いてきます。それだけではありません。「こんなに素晴らしい音楽を周りの人たちにも聴かせてあげたい!」 「こんな良い曲が聞こえてきて嫌がる人なんて絶対にいない!」 なんていう自分勝手な妄想に何故か火が着くんです。この自分だって姉が「追伸」を聴いている時は、「あそこまでボリュームを上げなくても良いのに・・・」 と思いました。しかし、レコードを掛けている側にとってはひたすら心地が良いのですね。姉の気持ちが良く解りました。いつの間にか耳も神経も麻痺して少しづつボリュームも上がってしまうのだと思います。
レコードから流れ出るメロディ―に深く酔いしれていた自分は、買い物から戻った母親に気付かず、部屋のドアが開いた瞬間にいきなり怒鳴られました。「こらぁ~!10軒先まで聞こえてんぞ~!」